格格の北京日記


黄金周の旅行1 山海関

せっかくの連休なんだから、どこかに旅行しないともったいない。

しかし遠方への汽車チケットは取るのが大変だし、寝台がとれないとしんどい。近場の硬座でも平気なところへなら、さっと行って帰ってこれるだろう。

ということで、行ってきました山海関、北戴河清東陵、三泊四日の旅。
メンバーはbamboobearさん、天津支店さんら濃いメンツの総勢4人。これは刺激的な旅行が期待できる。


4日、朝6時50分西直門集合。北京駅に向かう。

どうも寝不足である。前日に天津から合流した天津支店さんを迎え、寮の友人らと酒盛りをして、夜更かししていたのがよくなかったのかったのか。
しかも、寝付いた後に蚊の襲撃を受け、安眠を妨害されてしまった。蚊は本当に憎らしい!

というわけで半分ボーっとして列車に乗り込み、しばらくして寝込んでしまった。
所要時間約3時間で秦皇島駅到着。車内で寝たので元気になった。

到着後、宿をどうしようか考えているところで、地元のタクシードライバーの姐さん(おばさん?)に出会い、希望の宿の値段を伝え案内してもらうことになった。

案内されたのは運行賓館という、あまりぱっとしない、ごく一般的な中国ホテルだったが、4人で一泊160元のところを、2泊で300元にまけてもらった。一応トイレ、シャワーもついているのでよしとしよう。


荷物をおろして、山海関見物へgo!

山海関行きのバスが出ているターミナルまで行き、普通の路線バスで山海関まで行った。
田舎道を40~50分は走っただろうか。急に城壁が私たちの目に飛び込んできた。

これが満洲と中国本土の境界地、明清の激戦地山海関なのか。
そう思うと感慨もひとしきりである。

その辺の食堂で遅い軽く昼食をとってから、山海関の見学。
それから近辺の古民家王家住宅と長城博物館を見学する。
その後タクシーに乗って、海に突き出た老龍頭の見学。海を眺めて夕暮れとなり、今日の見学は終了。


天下第一関とも称される山海関は、明初の武将徐達が築き、ここを境に満洲(関外)と中国本土(関内)を隔てる重要な地点だった。17世紀初めに勃興した清朝(後金)は、数度に渡って関内への侵入を試み、八旗の精鋭を率いてここ山海関で激しい戦闘を繰り広げたが、他の地点から断続的な内地進入はしたものの、山海関の堅固な守りに阻まれ、ついに山海関を陥落することができなかった。

そうこうしているうちに、明朝は弱体化し、李自成の反乱軍によってあっけなく滅ぼされてしまった。明朝最後の皇帝崇禎帝が反乱軍に攻められ北京の景山で首をくくるという事態におよび、山海関を守る武将呉三桂は清朝につくか、李自成軍につくか選択をせまられる。
結局彼は清朝側につき、清朝に投降し山海関を開いた。山海関を通って清の軍隊が関内になだれ込み、中国史上最後にして最大の王朝が樹立されたのである。




などということを考えながら見学すると面白いのだが、どうも城壁のレンガが最近直されたばかりのようで、古い時代に思いを馳せることを妨害する。

中国は歴史のあるものが多いのだが、史跡保存というのを勘違いしていて、きれいにリフォームすることを保存だと思っているらしい。例えば、せっかくの古い寺院を、改修と称してゴテゴテの極彩色に塗りなおしてしまう。古い味わいを残すように保存してもらいたいものである。

老龍頭では、ほんの一部だが、ガラス張りにして新しいレンガの下の古い長城をみせてくれていた。そこから、確かにこの場所に数百年前から海に突き出た長城があったことが想像できた。新しいレンガの下には、確かに明の時代に作られた古い城壁が眠っているのだ。きれいな最近のレンガよりも、古い長城を見せてくれ。

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山海関の写真

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老龍頭。海に突き出た長城の起点。ここから遥か西に長城は伸びる。
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by dagege | 2007-10-04 12:46

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北京に留学している格格の日記です。中国のおもしろ体験を紹介できたらと思います。格格はゲゲと読みます。満洲語の女性の敬称で、お姉さん、娘、お嬢さん、お姫様など場合に応じて使い分けられます。
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