先に書いたように、CCTV(中央電視台、日本で言えばNHKみたいな感じのテレビ局)の公開収録が人民大学で行われ、それに申し込んだ私は、番組制作者に目をつけられ、何かしゃべれと依頼されてしまったのだった。
事前に言われたのはそれだけ。特に台本があるわけでもないし、質問の内容も具体的には知らされていなかった。こちらは一応しゃべる内容を準備しておいたが、どんなことを聞かれるのか、内心ドキドキだった。
夕方6時集合。待ち合わせ場所に人が集まっていた。座席の指定券を渡される。今日の参加者は140~150人、うち外国人は10数人とのこと。
40分以上待たされてからスタジオへ入る。
スタジオは設備がしっかり整えられていた。大学内部にこんな施設があったことに驚く。
私達留学生はA区という特別席に座らされた。私の席は雛壇型の座席の2列目。ゲストの先生の真後ろだ。ゲストの先生が映されたときには、私の顔は映らなくても、体だけは映っていることになる。
収録前のスタジオ。ディレクターが打ち合わせをしている。
ディレクターが注意事項を述べ、全員で拍手練習などをする。
7時過ぎ、いよいよ収録開始。
ゲストが自己紹介や自分の見解を述べた後、司会女性が留学生を紹介。
留学生として話を振られたのは、韓国人、日本人(私)、イタリア人、ロシア人の4人。
韓国人の次に、私の名前が呼ばれた。
きた!
「あなたは孔子が好き?」
好きか嫌いかなんて別に感情はないけど、ここで嫌いだなんて言い辛い。なんとも思わないと答えるのもつまらないので、空気を読んで
「好きです」と答えてしまった。
「どうして?」
どうしてかという答えにはなっていなかったが、私は小さいときから中国文化に触れていて、中国に興味があった。日本では義務教育で漢文を勉強するので論語や孔子もみんな知っている、という感じで答えた。緊張して用意した内容の半分も言わないうちに切り上げてしまった。
すると司会者は、論語を言えますかと聞いてきた。
しまった!せめて論語の一節でもそらんじられるようにしておくんだった!失敗した!
頭をひねって思い出そうとしたが、つかえてしどろもどろになってしまった。日本代表は恥ずかしいです!
すると司会者、「日本語でかまいませんよ」と言う。
「え、日本語ですか?」
「ええ、日本語でどうぞ」
日本語の書き下し文なんか言っても誰もわからないけどいいのか?と思ったが、とりあえず
「学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや。
朋あり遠方より来たる、また楽しからずや。」
これでいいのか?と思ったが、これでよかったのだ。次のイタリア人、ロシア人もそれぞれの言葉に翻訳された孔子の言葉を唱えさせられた。要するに、世界各国でこれだけたくさんの言語に翻訳されていますよということが表したかったのだ。私達はそのためによばれた外国人。私達は前座としてよばれたにすぎない。
そのあと本格的な討論がはじまった。
討論は非常に白熱した。中国人は腕をブンブン振り回し、体を揺らしながら、機関銃のような勢いでしゃべっていく。私は早すぎて議論の内容についていけなかった。みんなどんどん手を挙げて存在をアピールする。手を挙げる人が多いので、しゃべりたい人はスタジオ中央のマイクの前でしゃべることになったが、みんなゾロゾロ出て行こうとする。そして、なかにはしゃべりたくてうずうずして、前に並んでいた人を押しのけてしゃべろうとする者まで。
さすが中国人、カメラがまわっていても割り込もうとするか!
マイクを握って話さないやつや、自分の考えを繰り返し延々と述べるやつ。中国人ははっきりいって空気が読めないやつが多すぎる。しゃべりすぎるやつには、打ち切らせるためにディレクターが、拍手しろと合図を送るが、拍手くらいでは目立ちたくてうずうずしているやつはしゃべるのをやめない。司会者に、「もうあなたの考えはわかりましたから」といわれても、「あと少しだけしゃべらせろ」と食い下がっていく。本当に空気が読めない…。
いや、この国ではそれが正しいのだ。今日はそのことがよくわかった。自己主張の強い中国では、そもそも相手の空気を読んでこちらが対応を考えるなんてする必要はないのだ。空気を読んで、孔子を好きだなんて答えてしまった私のほうがおかしかったのだ。
というわけで、今日も中国人ウォッチをしていろいろ教訓を得た。
10時過ぎ、議論は終わりそうもなかったが、収録は終了した。3時間も撮っていたが、放送時間から考えて3分の1程度にカットするのだろう。
オンエアーは12月だというが、私はつまらないことしか言えなかったし、全カットされている可能性が極めて高い。あんな恥ずかしい受け答えでは全カットしてもらった方が日本の恥にならなくてよいのである。期待してくれた方には本当に申し訳ないが。